幢幡 (どうばん)

幢幡
幢幡 幢幡
普通型幢幡
5尺〜10尺
透かし幢幡
4尺〜
蓮花付幢幡
4尺〜
幢幡 幢幡 幢幡
唐草透かし幢幡
5尺〜10尺
春日型幢幡
5尺〜10尺
別製竜巻幢幡
5尺〜10尺
幢幡 幢幡
夢殿型幢幡
5尺〜10尺
普通型太口幢幡
3尺〜


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幢幡とは
幢幡とは
幢も幡もそれぞれ旗の意味がある。また幢と幡は別々に扱われているものである。
『妙法蓮華経』(法華経)法師品第十には『法辛経』を受持・読・解説・書写することが法師の務めである事を記して漢訳ではつぎのようにいう。
「法華経の乃至一偶を受持し、読諦し、解説し、書写して、この経巻を敬い視ること仏の如くにして、種々に華・香・瓔珞・抹香・塗香・焼香・給蓋・衣服・伎楽を供養し…」と見えている。
同じ部分を例にとって岩波文庫本で岩本裕博士が梵文から直訳したところで見てみると「幢幡」にあたる部分は「旗・幟・吹流し」となっている。
幡はdhvaja(駄縛若)とかketu(計都)という梵語を訳しあてられており、どれも旗とか旗印といった意味で「はたぼこ」と訓じられる。
一方の幡は、旛とも書き、梵語をさかのぼればpataka(波多迦)となる。
これも旗の意味である。
幢にしても幡にしてもいわば仏前に掲げて、仏が煩悩の魔軍を退けその威徳をかがやかしく発揮していることを表すものだと解されている。
ゆずっていえば仏の威徳を表わすべく、仏前に用いられる荘厳具であることは問違いない。
幡については、その梵語そのままの波口多迦比丘にまつわる造幡の功徳が伝えられている。
すなわち、呉の支謙の訳した『撰集百縁経』巻七の「仏旛を布施する縁」を述べたところに出ている。波口多迦比丘は、釈尊と同じカピラ城の出身で、彼の生まれたとき空中に大きな幡が現われたところから波口多迦という名前をつけられた。のち釈尊より古い仏である毘獲戸仏を追慕して長い幡を布施した波口多迦比丘は、その功徳によって九十一劫という長い問地獄などの悪徳に生まれることはなかったというのである。
幡を揚げることによって、難を逃れ、禍を得るとか、寿命を加えるとか、亡者が浄土往生するとかの功徳をもつ、五色幡、続命幡、命過幡などのことが「灌頂経』や「釈迦譜』などにでている。
現今の瞳幡は、その腫と幡との功徳を合わせたものという説明がある。本堂の仏前に、念仏、題目、仏名等を書いた木製憧幡が掛けられ、他に緒が垂れた和幡、緒が少ない唐幡などが用いられている。女性が留袖を解いて幡に仕立て奉納している例なども見られる。